4, ルディ |
ウルリーケと摩利の姉妹ごっこで、5月というのに時ならぬつむじ風がベルリンのメーリンク邸を吹きぬけた数日後、当主メーリンク子爵が別荘から急遽の帰宅をした。
英国からチェス友だちのスペンサー伯爵が「年来の勝負に決着をつけるために」訪ねてくると連絡があったからだ。 |
スペンサー伯爵は肩幅が広く上背もあり軍人と間違われることも多いが、英国貴族院議員でことに外交関係に明るい。 今回メーリンク子爵を訪問したのも、旧知の友人を訪ねての私的な旅行とは表向きで、実態は大英帝国の元大臣とドイツ帝国の元大臣の相談事のためだった。 正式な政府交渉の下準備の一環に他ならない。 |
1890年にビスマルクが辞任してウィルヘルム2世が親政を行うようになってから、ドイツは戦艦の建造に異常なまでの執念を燃やしている。
もちろん世界最強の英国海軍に照準を合わせてのことだ。 |
チェスボードの横で、ふたりは眉間にしわを寄せながら大きな革張りの肘掛け椅子に身を沈め、昨今の外交の舞台裏事情を話し合う。
一線を退いたとはいえ、今でも政界に隠然たる影響力を持つ元大臣たちだ。
メーリンク邸2階の重厚で防音が行き届いた遊戯室は、格好の密談場所だった。 |
「おや、あれは…」 |
ウルリーケは彼をルディと呼んだ。
異国の名前がどうしても発音できない彼女に、好きな名前で呼んでいいと彼が言ったからだ。 |
ルディの母の一族は、インドが小国に分かれていた時代の藩王家の流れを汲む古い家柄だ。
綿花栽培を大規模に手がけ、合衆国の南北戦争(1861年〜65年)で世界的に綿花が不足した時に巨万の富を築いた。
今なお綿花はインドの主要輸出品目なので、相変わらずインド有数の羽振りの良さを誇る一族だ。
しかも、ルディの伯父 ― 母の兄 ― は、インド国民会議の有力議員として英国から爵位を贈られた数少ないインド人だった。 |
「これがブランデンブルク門、上の4頭立ての馬車に乗っているのは勝利の女神よ。
ずっと続く菩提樹の並木道がウンターデンリンデン、そのむこうにベルリン大学や歌劇場があって…。
説明するより、歩いてみればわかるわ!」 |
8月も中旬となると、夕暮れ時の風は秋の気配を運んでくる。 |
「…ス! アグネス、どうしたの?」 (2001.3.21 up)
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