2, 梅雨のない6月 |
ベルリンから帰った翌朝、思音が5日ぶりに執務室に入ると机上の書類が2箱ふえていた。
秘書が最終期限ごとに分けたものを、相手先を確認しながら目を通すだけで2時間かかった。 |
ウルリーケの6歳違いの姉・アグネスは3年前にフランスのS男爵家のひとり息子に嫁いだ。
結婚後、爵位を継いだ夫はフランス中西部ポワティエ郊外で家業のワイナリーを営んでいる。 |
「アグネスも摩利を気に入ってくれたようで、ヴァイオリンのレッスンを見てもらうことになりましたよ」 |
手にした葉巻が尽きたところで、ふたりは本題である仕事の話に移った。
目下の最大の関心事は、英国での事業展開の算段だ。 |
摩利を乗せた馬車が、とりどりの花が絨毯のように広がる公園の横を通ってアグネスの館に向かう。
空はどこまでも青い。
モンマルトルの丘の上にはサクレクール寺院が丸い屋根を見せ、鳩の群れが風を切って旋回する。
長い冬の重苦しさはどこに行ったのかと思う光景だ。 |
つい昨日も、新吾から国際小包受け取ったばかりだった。 |
川向こうの木立の間に、こじんまりした ― と言っても、あくまでメーリンク邸やボーフォール公邸にくらべればの話だが ― アグネスの館の尖塔が見えてきた。 (2001.3.1 up)
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