……、4月には従姉の家で、欧州でも指折りの名手がヴァイオリンの演奏会を開いてくれます。
従姉はベルリンに帰ることになっているので、これが最後の演奏会になります。
とても残念ですが、一流の演奏家の演奏を間近で見聞きできる最後の機会を楽しみにしています。……
「4月ということは、もうこの“最後の演奏会”も終わっているだろうか」
来年の今ごろは摩利も自分と一緒に持堂院の制服を着ていると、新吾は毛筋ほども疑わない。
「うん、摩利が欧州にいるのもあと一年足らずだ。
日本に戻ったら欧州ほどにはヴァイオリンの勉強はできないから、熱もはいるだろうな」
摩利は、アグネスの帰国の遅れにかこつけて、祖母から持ちかけられたベルリンへの留学とギュンター伯父の屋敷への寄宿の誘いの返事をうやむやにしていた。
それもこれも、仕事ばかりで息子の話を聞く時間を持たない父親のせいに違いないと、メーリンク夫人の非難は常に思音に向けられる。
新吾が摩利の手紙を読んでいた頃、メーリンク夫人から思音あてに、「メーリンク家の孫にふさしい教育をするために、摩利をドイツに引き取る」という申し入れが届いていた。
―― 欧州の摩利の身の上には、新吾は知る由もない出来事が続いている。
(2001.10.14 up)
|