14, ヴィルヘルム |
摩利は時々、新吾に出せるはずもない手紙を書く。
伝えられない話も、心内(こころうち)の新吾はうなずきながら聞いてくれる。 |
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彼女が起き上がる気力もなく臥せったまま暮らして半月になろうかという頃、ポワティエの城に、突然、乳児を抱えた女が訪ねてきた。
S男爵の子どもだと、その女は言い張った。 |
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その夜、窓枠を揺さぶる物音で摩利は目を覚ました。
賊が侵入したのかと闇を凝視するうちに、堅牢な建物に叩きつける凄まじい風だと知る。 |
そういえば、夕食の後、執事と家政婦が、
「まだ、今は奥様も気を張っていらっしゃるが、やるべきことを済ませて、ふっと気が抜けた時が心配だ」と話していた。
確かにそうだ。そして、今、ここでアグネスの側にいられるのはおれだけだ。
だったら、おれは彼女の側にいなくちゃいけない。 |
廊下からの風で暖炉の火が大きく揺れ、彼女が振り向いた。 |
アグネスが、暖炉の前に座り込む摩利に赤ワインのグラスを渡した。 |
その時、風に飛ばされた太い枝が窓際の外壁に叩きつけられて、重い音を響かせた。
摩利が窓に駆け寄りあたりを見回すが、闇の中で枝の行方はわからない。 |
摩利は、今、アグネスに一番必要とされている自信があえなく崩れ、憮然としながら暖炉の前で膝を抱えた。 |
「どうしたの、摩利。私、自殺なんかしないわよ」 |
翌朝、摩利はアグネスの寝台で目を覚ました。
すぐ横で彼女が長い髪をまとめもせず眠っている。
摩利がはじめて見る彼女の寝顔だった。 (2001.7.11 up)
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