13, 御前会議の夜 |
深夜、突然の来客に使用人たちが廊下を歩き回る気配がやっと鎮まった。 |
夜更けの冷え込みに身震いしながらガウンの上からカシミアのストールを巻きつける。 |
祖父と叔父が話し込む時は、人払いをするから使用人に姿を見られる心配はない。
ウルリーケは息をひそめて鉄のように冷え冷えした扉と壁の隙間に耳を押し付けて、なんとか話を聞き取ろうとする。 |
昨年1907年末にインド国民会議が分裂して以来、地下活動に走った過激派数名が、潜伏中のロンドンで1月半ばに逮捕された。
彼らの標的は1899年から1905年までインド総督を務めていたカーゾン卿だった。(1904年に一時休職) |
「逮捕された過激派のカーゾン卿への憎悪は生半(なまなか)なものでなく、もう、なんというか、手段選ばずの殺意をみなぎらせていたらしいですよ」 |
失脚ですって? それではスペンサー伯爵がベルリンへは来ることは、もう、ないというの?
2月には必ずインドの彼を連れて来てくれると言っていたのに。
だから、私はおとなしく時間稼ぎに専念していたのよ!
私は二度とルディに会えないのかしら…、どうしよう…、どうすれば会える?
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「どうやら、外交畑で頭角を現わしそうなカーゾン卿が、スペンサー伯爵には目障りになったようです。
スペンサー伯爵の子息も卿と同年代で、父・伯爵の跡を継いで外交族での政界入りを志しています。
ただ、親よりかなり小粒というのが、もっぱらの評価です」 |
死刑宣告にも等しい祖父の言葉でウルリーケは扉から身を離した。
その後、どうやって自分の寝台に戻ったのか覚えていない。 |
両肘を膝について義父の方に身を乗り出しスパイ事件の報告していたギュンターは、英国の話が終わると背もたれに寄り掛かるように座りなおした。 |
あの日、いきり立って乗り込んできたS男爵は、最初こそ居丈高な話し振りだったが、結局は一方的な話を終えると逃げるようにそそくさと引き上げた。
一時間にも満たないあっけない出来事だった。 |
執事も家政婦も、S男爵の持ち込んだ話が不快なだけでなく、一筋縄ですまない厄介な事件の報告だったと察している。
あるいは、ポワティエの城の使用人からの情報で、具体的な事件内容まで知っているのかもしれない。 |
摩利がアグネスから事情を聞いたのは、S男爵来訪の翌日、深夜、アグネスがメーリンク子爵への手紙を書き終えた直後だった。 (2001.6.29up)
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