6.ゲルト・アルブレヒト氏 インタビュー |
読売日本交響楽団常任指揮者・アルブレヒト氏は、シュレーカーのオペラ「はるかなる響き」と「宝探し」を録音しています。
今回のオペラ・コンチェルタンテの予習に、そのすばらしいCDを聴かれた方も多いはずです。
氏は、大野和士がハンブルク州立歌劇場やチェコ・フィルにデビューした時に、それぞれ音楽監督、首席指揮者でしたので、大野のことはよくご存知。 日本での「はるかなる響き」初演にもたいへん興味をお持ちの巨匠に、多忙な日程を縫って、「はるかなる響き」とシュレーカーの音楽の魅力について、お伺いすることができました。 (文責:堀江信夫,文中敬称略)
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(c) 平田 一八 |
マエストロは、シュレーカーのオペラを2つも録音されていますが、特別な理由があるのですか? |
アルブレヒト |
私は20代半ばの頃はグスタフ・マーラーに強く惹かれていた。
30代になると新ウィーン楽派、シェーンベルク、ベルク、ウェーベルンに熱中した。
その成果として、シェーンベルク、ベルクとウェーベルンに関するテレビ映画を制作し、グリム賞 (ドイツTV芸術賞)を獲得した。 そのようなことを終えた後で、私はシェーンベルク、ベルク、ウェーベルン以外の、忘れ去られた作曲家達を取り上げるようになった。 シュレーカー、ツェムリンスキー、コルンゴルド、ヒンデミットなどだ。 1982年にザルツブルクで「烙印を押された人々」を上演し、これがシュレーカーのルネッサンスともいうべきものになった。 その後、ベルリンで初録音、ウィーン、ハンブルクでも上演した。 |
2つのCDを聴くと、とても素晴らしい作品であることがわかりますが、なぜ人気がなく、 ほかの人たちも取り上げないのでしょうか? |
アルブレヒト |
それには、いくつかの理由がある。 まず、これらの作品は大変難しい。 上演には優れたワーグナー・ソプラノやワーグナー・テノール達が必要だが、彼らにとっては自然なことなのだが、世界中のワーグナーへの出演に忙しい。 どうやって、シュレーカーに必要な歌手達を集められようか。 その点で、私は大変幸運だった。ガブリエレ・シュナウト、トマス・モーザーといった優れた歌手達に恵まれた。 シュナウトは、今やドラマティック・ソプラノの第一人者と目されているが、本当は彼女はとても知的な人で、こんな歌唱(シュレーカーのCDを指す)も達成できるのである。 第二の理由として考えられるのは、シュレーカーが、おかしな言い方なのだが、「モダン」な作曲家で、 シェーンベルクみたいだ、と思われていることだ。 本当は、リヒャルト・シュトラウスに似た作曲家とみなされるべきだ。 なぜなら、シュレーカーが生きている間は、シュトラウスと並ぶ、世界最高のオペラ作曲家だったのだ。時には、シュレーカーの作品の 上演は、シュトラウスの上演よりも人気があった。 第三の理由としては、こんなことがある。 芸術家には、人生の早い段階で、最も輝いてしまう人がいる。 若きメンデルスゾーン、若きヒンデミット、 若きホフマンシュタールなどがそうで、16歳とか18歳で最高の作品を書いた。 私にとっては、シュトラウスだって同じだ。サロメ、エレクトラの後は・・・(と手を段々とひらひら下げながら)。 でも、こんなことはあまり言わない方が良い。シュトラウス・ファンに殺されてしまうからね(笑)。 シュレーカーも、こういった人々と同じような面がある。 「はるかなる響き」「宝探し」「烙印を押された人々」といった作品を出した頃は、 正に偉大な時代だった。 しかしその後の作品は、あまりぱっとしない。 第四に、ヒトラーと第三帝国の犠牲になったことだ。 彼が死んだのも、ベルリン音楽大学の総長を 辞めさせれられたことと関係がある。政治が彼を破壊したのだ。 第二次大戦後も、シェーンベルクを信奉する一派がシュレーカー、ツェムリンスキー、コルンゴルドなどの音楽を強く拒否した。 特に、戦後ヨーロッパの音楽生活に絶大な力を及ぼしたテオドール・アドルノの影響は大きかった。 |
同時代のブゾーニ、ツェムリンスキーが忘れ去られたのも、同じ理由からでしょうか? |
アルブレヒト | 全く同じだ。ブゾーニもまさにそうだ。シェーンベルク一派にもなじめず、ヒトラーにも好かれなかった。 |
最後におっしゃった社会的な背景は、「はるかなる響き」にも影を落としているのですか? |
アルブレヒト | まだ影響はないね。 |
「はるかなる響き」という名前は、何を意味しているのでしょうか? |
アルブレヒト |
この作品の全てのテクスト、全てのテーマには、「滅びゆく19世紀」との関連が極めて強く見られる。 ジクムント・フロイトは、人間にとって「夢」が非常に重要であると言ったが、「はるかなる響き」は、人間にとっての「夢」を写し出している。 同じことが「宝探し」にも「烙印を押された人々」にも言える。 これらの作品が描く世界は、フロイトの 「夢」の世界を反映しており、常識的には、とても「まとも」な世界とは言えないのだが、芸術として取り上げるには、非常に魅力がある。 |
そうするとフリッツにとっての「はるかなる響き」は、グレーテであり「夢」でもあると? |
アルブレヒト | そう、グレーテはフリッツの「夢」だ。 |
「はるかなる響き」の筋は、救いのない悲劇とも言えますが、フリッツにとっては幸せな結末と言えるのではないでしょうか? |
アルブレヒト | その通りだ。フリッツは人生を完全に満喫した。 |
残されたグレーテこそ悲劇の主人公では? |
アルブレヒト |
それが人生というものですよ!(笑) そもそも世の中では、女の方が男よりも興味のあるものでしょう? グルックの全てのオペラ、モーツァルトの全てのオペラ、もっと興味深いのがベートーヴェンの「レオノーレ」、それから「カルメン」、さらにワーグナーの全てのオペラ。 「ニーベルングの指輪」の最も重要な役はウォータンではなくてブリュンヒルデだ。 シュトラウスは言うに及ばず、それから我々だって(笑)。 |
ところで、「はるかなる響き」における老婆( Die Alte )は、不思議なキャラクターですね。 |
アルブレヒト |
これは私の意見だが、「はるかなる響き」の老婆は、シェイクスピア劇における「道化」だ。 シェイクスピア劇における「道化」は、狂っているように見えて、実は唯一真実を語る者として描かれている。 そして役者の前に鏡を差し出し「これがあなたの真の姿ですよ」と言う。 「はるかなる響き」における老婆も、役者に「見なさい。これが人生よ」とやる。 実はアルブレヒトこそが、道化(唯一真実を語る者!)だったりして(笑) |
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ゲルト・アルブレヒト ( Gerd Albrecht )氏略歴 |
読売日本交響楽団常任指揮者 1935年7月19日、ドイツのエッセン生まれ。 ハンブルク音楽大学で指揮を学び、ハンブルク大学とキール大学で音楽学、哲学、芸術史を学ぶ。 1961年〜63年 マインツ市立劇場首席指揮者 1963年〜66年 リューベック歌劇場音楽監督 1966年〜72年 カッセル州立歌劇場音楽総監督 1972年〜77年 ベルリン・ドイツ・オペラ首席指揮者 1975年〜80年 チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団首席指揮者 1988年〜97年 ハンブルク州立歌劇場及びハンブルク・フィルの音楽監督 1993年〜96年 チェコ・フィルハーモニー首席指揮者 1998年〜 読売日本交響楽団常任指揮者 1982年にはNHK交響楽団を指揮。1994年チェコ・フィルと、1996年ハンブルク州立歌劇場と来日 ドイツ・ロマン派を中心に幅広いレパートリーを持つ一方で、現代音楽にも心血を注いでいる。 ヘンツェ、リデティ、ライマン、ペンデレツキ、シュニトケらの作品の初演を行っている。 ハンブルク州立歌劇場の総裁だったルジチカ(作曲家、次期ザルツブルク音楽祭の総裁)との共同作業でも知られる。 また音楽教育にも熱心で、子供や青少年のための演奏会、テレビ出演も多い。 |
●ディスク紹介● |
アルブレヒト指揮 ベルリン放送交響楽団 Gabriele Schnaut(Grete), Thomas Moser(Fritz), Victor von Halem(Graumann), Barbara Scherler(Frau Graumann), Roland Hermann(Der Graf), Robert Woerle(Der Chevalier), Claudio Otelli(Rudolf) 他 録音;1990年10月16日〜20日 ベルリン Capriccio 60 024-2 *ガブリエレ・シュナウト、トマス・モーザーという強力キャスト |
アルブレヒト指揮 ハンブルク州立歌劇場管弦楽団 Josef Protschka(Elis), Gabriele Schnaut(Els), Harald Stamm(Der Koenig), Peter Haage(Der Narr), Hans Helm(Der Vogt), Heinz Kruse(Albi) 他 録音;1989年5月24日〜6月2日 ハンブルク(ライヴ録音) Capriccio 60 010-2 *シュレーカーの最高傑作の呼び声高い「宝探し」の決定盤 |
アルブレヒト指揮 ベルリン放送交響楽団 Doris Sofel, Kenneth Riegel, Guilermo Sarabia 録音;1983年10月〜11日 ベルリン Koch schwann 314 012 H1 |
アルブレヒト指揮 読売日本交響楽団 録音;1999年1月25,26日 横浜みなとみらいホール EXTON KJCL-00005 *全曲録音の第1弾。冒頭から密度の濃い音が心を打つ、充実したベートーヴェン |
アルブレヒト指揮 読売日本交響楽団 録音;1999年1月8,23日 サントリーホール EXTON KJCL-00008 *ライヴ録音。第8番/第1番とは響きが違う |