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◆◆ コンサートレビュー 13 ◆◆


現地レポートをお寄せいただきました。

(1) エレクトラ 2002年9月24日 ベルギー王立歌劇場(通称:モネ劇場)

公演プログラムの表紙
公演プログラム
 大野氏のモネ劇場音楽監督就任のお披露目となる『エレクトラ』を見に、EUの中心地ブリュッセルに向かった。 プレミエから一週間後の24日午後8時、照明が全て落とされた暗闇の中、息を呑み静まり返った劇場に、大野氏の呼吸と共に冒頭の主題が打ち鳴らされた。

 私には、大野氏と『エレクトラ』に関するひとつの思い出がある。約3年半前、カールスルーエの劇場に『オランダ人』を見に行った終演後、大野氏は私を快くカンティーンに連れて行き、ビールを片手に夜遅くまで音楽について熱く語ってくださった時のことである。
モネ劇場の公演月報に掲載された大野の写真
モネ劇場の公演情報月報から
 大野氏は、確か「指揮者は棒を振るテクニックだけでなく、指揮台の上にいるその存在が大切だ」という話に続けて、『エレクトラ』の冒頭の主題についての話をされた。「この冒頭を振るのは、非常に難しいのですよ。初めの音は裏拍から始まるので、頭の休符を点で与えるとオーケストラは合わせやすいけれど、その反面、作曲家が意図している力強い音が出なくなってしまうのです。この冒頭の主題は、『エレクトラ』の最も重要である<アガメムノンの主題>でもあるので、全神経を集中させた凄まじいフォルテッシモが必要とされるのです。晩年のベームは、ハエを追うような指揮でどこが振り下ろしか分からないのに、この冒頭でウィーン・フィルは地響きのするような凄い音を出していますからねぇ。」・・・こんな内容であった。

 大野氏が実際どのように冒頭を振ったのか、見ることはできなかった。しかし、心臓をえぐるような音が瞬時に劇場に詰め込まれたのは確かである。この強烈な冒頭により、観客は大野氏の存在を、幕が閉じられるまで確固たるものとして意識しつづけることになったと言えるだろう。
モネ劇場の公演月報より配役表
配役表
 大野氏は常に舞台上の歌手とオーケストラを絶妙のバランスで保ち続けおり、シュトラウスの分厚いオーケストレーションの中でも歌手の声はよく通っていた。オーケストラの音量を抑えた場面でも、色彩や躍動感は失われず、糸を編むようなスコアが浮き彫りにされた。これらの結果、まるでオーケストラがこの作品の主役であるかのように、エレクトラの心理状況を表すことに成功していたのである。
 シュテファン・ブラウンシュヴァイクの演出は、音楽に逆らわずに、エレクトラの心理描写に重きを置いた好感の持てるもの。
 ただ、歌手については、若干のミス・キャストも見られた。特にオレスト役のアルベルト・ドーメンには違和感が残った。

 集中度の極めて高い約1時間半は、ブラボーが飛び交い幕となった。
 終演後、大野氏の楽屋を訪ねると、「今日のエレクトラ役の歌手は急遽代役になった人(ルアナ・デヴォル)で、開演前たった5分合わせただけなんですよ」と笑いながら話された。オペラの経験を豊富に積んだ人ならではの余裕ぶりである。そして大野氏は、劇場の方々とフランス語で挨拶を交わしながら劇場を去って行かれた。
この配役表をクリックすると別枠で大きな画像(約73KB)がご覧になれます。

(2) オーケストラ練習風景(2002年9月25日 ベルギー王立モネ劇場裏練習場)
 次の日25日の朝10時から、次のオーケストラ演奏会(マーラーの『復活』)の練習が、モネ劇場裏の練習場で行われた。こちらも演奏会本番まで5日もあるのにも関わらず、非常に緊張度の高く、密度の濃い練習が行われていた。大野氏は、全てフランス語でテキパキと指示を出しており、オーケストラ・メンバーはその大野氏の音楽を読み取ろうと非常に熱心に練習に参加しているのが印象的であった。
 なお大野氏は、この午前中に行われた『復活』の練習に続き、午後は新作オペラ『バッラータ』のソリストによる立ち稽古、夜はまた『復活』の練習というハード・スケジュールをこなされていた。強く後ろ髪を引かれる想いで、ブリュッセルを後にした。


練習風景1 練習風景2


練習風景3 練習風景4


(3) ベルギー・オランダ歌劇場事情
 最後に、今回ベルギーを訪れた私のもう一つの目的について簡単に触れたい。
 もちろん最大の目的は大野氏の『エレクトラ』を見ることであったが、もう一つの目的は、モネ劇場を含めたベルギー、オランダの歌劇場のレベルを知ることであった。幸い、この9月の中旬の5日間で、オランダ(アムステルダム)とベルギー(アントワープ、リエージュ、ブリュッセル)の4つの歌劇場を見て回ることができた。それぞれ4つの劇場とも、今シーズン最初のプレミエの演目を持ってきており、劇場のレヴェルを知るには良い機会であった。
 20日はアムステルダムでヤナーチェク『マクロプロス事件』(指揮エド・デ・ワールト/演出:イヴォ・ファン・ホーヴェ)を見た。以前から実験的な演出を多く行っているこの劇場だが、今回の『マクロプロス』でも円形の回る舞台を巧みに使用し、この異なる場からなる全3幕のオペラが、休憩無しに一気に通して行われた。
 21日はアントワープでプッチーニの『三部作』(指揮:シルヴィオ・ヴァルヴィーゾ/演出:ロバート・カーセン)を見たが、これがかなりの手の込んだ演劇的舞台に仕上がっていた。設定は3作ともそれぞれの作品の通し稽古となっており、観客は練習風景のように作られた舞台を見ることになる。3作目『ジャンニ・スキッキ』では、ここまでの舞台で演出的な指示を行ってきた人物がブオーソ役(死体)をつとめ、死体にも関わらず、歌手に動きの指示を与えて観客の笑いを誘う。カーセンの巧みな異化効果は、最後のジャンニ・スキッキの観客への語りかけに繋がっているとも取れる。
 22日に見たリエージュのヴェルディの『アッティラ』(指揮:アラン・ギンガル/演出:ジャン=クロード・オヴレイ)は、歌手はブルチュラーゼなど一流どころを揃えたものの、音楽的に統一感はなく、歌手の力量に頼った舞台。演出は現代の民族紛争を思わせるものだが、中途半端な試みと感じられた。
 4つの劇場を振り返ると、作品のキャラクターが異なるとはいえ、大野氏の音楽づくりは群を抜いた出来栄えであった。しかし、他の劇場も意欲的な演目を選んだ上に、実験的な演出に取り組んでおり、丹念にオペラ制作に励んでいる様子が伺えた。モネ劇場に大野氏の雄姿を見に行った際には、まだ日本に入ってくる情報の少ないこれらのオペラ・ハウスを訪れてみるのも面白いと思う。

大山 康生
 首都圏にある音楽文化ホールの企画担当者。
 今回とくにお願いしてレポートという形で、現地ならではのご感想、資料・写真、さらにはオランダ、ベルギーと幅広い話題を提供していただきました。
 大山様には、この場を借りて厚く御礼申し上げます。
(2002.10.05 up)



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