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◆◆ コンサートレビュー 7 ◆◆


ヴェルディ スペシャル ガラコンサート 2001年4月29日


 20世紀末より、指揮者・大野和士の活躍はますます世界的になってきました。
 その反面、日本のファンは、加速する大野の“来日演奏家状態”に充たされない思いを募らせているのも事実です。 なにしろ21世紀幕開けの今年、東京への登場はわずか一回、4月26日のヴェルディのレクイエムだけ。 いえ、そもそも今年は日本での公演が全部で五回しかない“惨状”です。
 今回の新潟県長岡市の長岡リリックホールで行われたヴェルディ スペシャル・ガラコンサートも、この貴重な五回のうちの一回でした。

 4月20日過ぎに帰国した大野は、26日に東京・オーチャードホールでレクイエム、28日に長岡入り、29日はリハーサルと本番、そして東京に取って返し、30日には成田から次の演奏会場があるフランス・パリに直行しました。 タイトスケジュールを絵に描いたような10日間です。 短期間で地球の裏表を駆け巡るのですから、時差、気候差も油断できません。 とくに、この日の長岡は、汗ばむほどの初夏の陽気でした。

 “今年の貴重な一回”の公演がなぜ長岡で行われたか? ―― ちょっと舞台裏の事情をご披露しましょう。
 長岡リリックホールは1999年以来、3年連続して東京フィルを招聘し続けました。 2002年も東京フィルと地元の合唱団との共演によるヴェルディのレクイエムを演奏。
 この実績が、長年、東フィルでアーティスティック・アドバイザーを務め、現在は桂冠指揮者となっている大野に、タイトスケジュールを縫って、“遠征”を実現させる鍵となりました。 リリックホールの大野への長年のラブ・コールが、ようやく実ったコンサートと言えるでしょうか。

 しかも、今回は、26日のレクイエムでソリストだった国際派の実力歌手が4人も出演する大規模な企画です。 が、それゆえか、リリックホール始まって以来、クラシックコンサートで初のソールドアウトだったそうです。
 客席には都内のコンサートホールでお見かけする顔が、いくつもありました。 首都圏 ― 新潟間も新幹線で日帰り圏となり、観客も首都圏から駆けつけた方々も少なくなかったようです。 聞けば、27日に完売したとのこと。 26日にオーチャードホールでチラシをもらった人が、翌日、急遽電話予約を入れたと考えるのは穿ちすぎでしょうか?
 もちろん、地元の方々が家族同士、友人知人と連れ立って、足を運んでくださったからこその満員御礼に間違いはありません。
 なんにせよ、楽屋にも「大入袋」が配られ、差し入れの越後名物“笹団子”の山ともあいまって、出演者皆さんの休憩時間を盛り上げていました。

リハーサル風景
オーケストラの前に立つソリスト、右からグレゴリー・フランク(B)、寺谷千枝子(A)、練習用の白い上着の大野和士、マルコ・ベルティ(T)、緑川まり(S)。

 プレトークで大野が説明したとおり、最初はテノール(マルコ・ベルティ)、バリトン(グレゴリー・フランク)、アルト(寺谷千枝子)、ソプラノ(緑川まり)が、それぞれのソロを聴かせ、あっという間に肉声の美しさと力で会場を魅了。 そして、声質、音域の異なる歌い手のアンサンブルの妙に、観客は素晴らしい集中力で応えました。 フライング・ブラボーもなく安心していられましたし。

 プログラムはもちろん、ヴェルディ没後100年の今年ならでは、ヴェルディ、ヴェルディ、ヴェルディ。

前半は、「ナブッコ」序曲で始まりました
「ルイザ・ミラー」より ロドルフォのアリア"穏やかな夜には"(ベルティ)
「トロヴァトーレ」より アズチェーナのアリア"炎は燃えて"(寺谷)
「シモン・ボッカネグラ」より フェスコのアリア"悲しい胸の思いは"(フランク)
「運命の力」より レオノーラのアリア"神よ平和を与えたまえ"(緑川)
「運命の力」 序曲
「運命の力」より レオノーラ、グァルディアーノ神父の二重唱"
(緑川、フランク)

 3日前、26日オーチャードホールでのヴェル・レクでは、かなりおとなしい印象だったベルティですが、この日は本領発揮。 個人的には、寺谷は大きな会場ではなく長岡リリック程度の会場で聴く方が、細かな表情が聞き取れていいと思います。 レクイエムの時には空調で喉を傷めていたフランクも、八割方回復していました。 緑川はホールの響きのコントロールもお手のもの、国際派の貫禄でした。 余談ながら、長岡には「緑川」というお酒を造っている緑川酒造という醸造元があります。

後半のプログラムは、
「アイーダ」より アイーダ、アムネリスの二重唱
「トロヴァトーレ」より マンリーコのアリア"燃える炎"
「シチリア島の夕べの祈り」序曲
「ドン・カルロ」より エヴォリ公女のアリア"むごい運命よ"
「アッティラ」より アッティラのアリアとカヴァレッタ"我がおごり高ぶる心もて"
「仮面舞踏会」より アメリア&リッカルドの二重唱"この胸はときめき"

 欲を言えば、海外から駆けつけた人を中心に、気候の激変のせいか時差のせいか、全体的に喉の調子が今一歩で、エンジン全開状態でなかったのが残念といえば残念です。
 ただ、レクイエムの時にも感じましたが、出演歌手がそろって実力派で確かな技量の持ち主ばかりだったので、4人の声のキャラクターの違い、声質の対比は充分に楽しめました。

 鳴り止まない拍手の中で、「リゴレット」より第4幕の四重唱がアンコールで熱演され、2時間を超えた豪華な、充実したガラコンサートの幕は閉じました。 「こんなおいしいコンサートは、そうそうありませんよ」と、関東地方から駆けつけたある方の満面の笑みに、無条件に賛成です。



終演後控え室にて

 グレゴリー・フランクは今回が初来日とはいえ、カールスルーエ・バーデン州立歌劇場で大野とは気心知れた仲。 昨年夏、私たちが観た『トリスタンとイゾルデ』では、マルケ王役で、歌に演技に圧倒的な存在感を見せていました。
 個人的にお話したのは今回の終演後が初めてでしたが、剽軽(ひょうきん)という単語を思い出すくらい気さくで、苦悩するマルケ王のイメージが先行する私たちは、いささかきょとん。 でも、その実は周囲に細やかな気配りを絶やさないプロです。
 絶好調の実力発揮といかなかったのは心残りかもしれませんが、同行の奥様ともども日本の春を楽しんで下さったようです。



長岡リリックホール

 横浜―長岡間は約300km、私たちは29日未明に車で家を出て、幸いGWの渋滞にかからなかったので、お昼前には長岡市内に入りました。 雪解けで増水しているのか信濃川は、水量十分。 ファミレスや郊外型の駐車場をそなえた各種店舗が道路の両側を埋める街道は、日本中どこも同じ光景になっていますねえ。
 ため息をつきながらファミレス街を抜けて、信濃川の川幅を実感する大橋を渡り、リリックホールに到着。 大野の控え室で打ち合わせすること1時間、その後、リハーサルから見学しました。

 長岡市立の施設であるリリックホールは、コンサートホールや演劇向きの劇場、スタジオ、情報ラウンジなどから構成されています。 上の写真がその複合施設ですが、この巨大な建物さえゆったりとおさまる信濃川沿いの敷地内には、他にも新潟県立近代美術館など芸術文化施設が立ち並んでいました。 こんな贅沢な土地の使い方は、日本中同じという訳にはいきません。
 何十メートルと離れて建てられているホールや美術館ですが、それぞれ暖房完備の長い回廊で結ばれています。 毎年何か月も雪に閉ざされる土地ならではの配慮でしょう。
 リリックホール内の劇場・音楽ホール共通のロビーの窓は大きく、広々とした緑豊かな敷地から、さらに向こうの信濃川の土手までも見渡せました。 冬にはこれだけの広さが、すべて白銀色に塗られる―― 美しく厳しい光景です。

 いい音楽を聴いて、あるいは絵画を見て、会場から出た瞬間、高速道路の橋脚を見上げてしまったり、ごみごみした繁華街だったり――。  日頃、自分たちが当たり前と思っている光景、文化施設の周囲の環境がどれだけ劣悪なものか気付いたのも、一つ収穫でした。


本文敬称略
このページの写真は撮影およびHP掲載に関して、正式に劇場側の許可を得ています
( 2001.5.31 up)


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